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初のインドの旅路

更新日:2025年12月19日



デリー、マナリ、リシケシ、ガナガンガの10泊12日間の旅です。

今回は木村先生を含む日本人16名、韓国人13名で修行会です。渡航時間は約8時間半、インドと日本の時差は3時間半。

デリーにあるインディラガンディー国際空港に着きまして、早速インドの洗礼です。税関通るのに、2時間近くかかり、ちっともスムーズに進まない。やっと税関を通り抜け、空港を出たのが夕方17時頃なのに、熱風と強い日差し、夕方なのにこの暑さ。

デリーは都会で高層ビルやマンションもありオフィス街もあるので凄い渋滞。空港から宿泊先デリーのホテルまで通常40分の予定が渋滞により倍の時間かかりました。

それにしても、人口の多いインド。

車、バイク、自転車、地元のタクシー的な存在のオートリキシャ(三輪自動車)が混じる道路、

クラクションの音、

時折平然とやってくる謎の逆走車。

クラクションが鳴り続け、3車線は4車線みたいなノリでみんなはみ出し、追い抜け追い越せのカーチェイス。

少し田舎の方に行くと信号はなく、牛や野良犬が道路傍に呑気にいるのが当たり前。


ノーヘルのバイクで親子4人乗ってたりの謎の交通ルールが成立している中を、

スイスイと交わすドライバーテクニックに拍手喝采。



翌日にはデリーからヒマラヤの麓のマナリへの移動時間約12時間。

マナリは木村先生の兄弟子にあたるラリタさんが

マナリのヨーガニケタンにいらっしゃいます。

都会を離れ田舎になれば道路には牛が当たり前のようにいます。





ヒンズー教徒が多いインドでは牛は神聖な動物との事。


マナリはデリーよりも涼しい気候でした。マナリのホテルでは、まんまと初日から停電になり、

山用のヘッドライト本当に使う事になるとは(笑)マナリヨーガニケタンはホテルから徒歩3分。ラリタさんと、お亡くなりになられてますがマハラジへご挨拶。マナリでは、アグニホトラ、聖名拝受、

そして今回の修行の旅の肝でもある、ロータン峠ヒマラヤ4000m迄登ります(車ですけどね)ロータン峠は死の峠という意味だそうです。

今は道路も舗装されていますが、沢山のヨーガ行者が命を落としている峠だそうです。山の高さの目安ですが、富士山の高さが3367m、ヒマラヤの山頂は8000m。高所では寒く空気が薄いのです。

ヨーガ行者は標高の高い山でヨーガをしていました。車ではなく自分の足で登ります。

丈夫な靴もダウンジャケットもありません。

それでも山に登る理由は、自分を導いてくれるお師匠様を探し悟りを得る為。

木村先生はいつもお話しされていました。

「ヨーガを理解したいならヨーガ発祥のインドに行ってみないとわからない。

山で修行しないとわからない。

ヨーガを学ぶためにニューヨークに行ってどうするの?」と。だから必ず行きたいと思っていたインドへ、山での修行にやっと行けました。

持参した薄手のダウンジャケットの上に上下の雨ガッパを着込み、

日差しが強いのでサングラスと帽子のUV対策をしてアサナ、呼吸法、瞑想をします。歴代の大使様もここで瞑想されていたのかとありがたい気持ちになり、

空は晴れ気持ちの良い風が吹くこの土地で何かを悟れるのかと思いましたが、

残念ながら期待していたような覚醒は有りませんでした。でも行ってみて本当に満足です。ヒマラヤでは青空が見えて、とても雄大で絶景でした。






ロータン峠を降り再びマナリでは、アグニホトラ(火の儀式)と聖名拝受。

アグニホトラも地元の人もやってきて、

その後はよくわからないけど、地元の人のスピーチや歌や楽器演奏など、何だか賑やか。これがインド人の集い方、噂のバジャーンらしい。


楽しみにしていた聖名拝受でしたが、何て事でしょう?

申込みをし忘れてしまっていたという、あり得ない痛恨のミス!今回は特別の配慮でお名前を頂く事ができました。そんな大事な事をミスったのは歴代で多分私だけだと思います。マハラジが「あなたの気をつける所はそうゆう所ですよ」と教えてくれているようでした。

気を取り直し、次なる目的地のリシケシは、

マハラジが弟子達を雨風を防ぐ為に作ってくれたアシュラムです。

今はリシケシには沢山のアシュラムがありますが、

当時はニケタンとシヴァナンダとマハリシのみだったそうで、

ニケタンはリシケシでも老舗のアシュラムです。

かつては大手新聞社の社長や政治家などの

多くの重鎮がマハラジの講義を受けていたそうです。







翌日はマナリからリシケシへの移動、

朝出て夕方に着く予定でしたが、何と崖崩れにより通行止めとなりました。幸い崖崩れに巻き込まれた人はいなかったのですが、

先頭車から私達は30台位の位置でしたので、

崩壊の様子を近くで目の当たりにしました。

素人の私でもこれは数時間で復旧する程度の崖崩れではないなと思いました。このまま一晩車で夜を明かすかも知れないと聞き、

つまりインドで被災者となってしまったのです。





しかし、そこからの復活劇が凄すぎます。突然料理が運ばれてきて温かい料理が配給されました。

これも木村先生や敏腕のコーディネーターアニールさんの素早い対応です。

更にどうにもならないこの状況の中、

全員泊まれるホテルを予約してくださいました。

あの混乱の中それを可能にして下さった働きは本当に凄い事です。明日からどうなるのかもわからない状況でしたが、

それでも野宿じゃないだけ有難い。

シャワーに入れてベッドで眠れて助かった、本当にそんな感じでした。

翌日、木村先生やアニールさんの判断により

普段は選ばない細くて狭くて遠回りとなる峠を通って

リシケシへ向かう事となりました。

その峠は過酷な道、

所々小さめな崖崩れしまくってて、谷側はガードレールもなし、

地盤は雨で緩い、一堂が体験したのは、

マナリのロータン峠(死の峠)よりも、もっとロータンな峠でした。

無事峠を越えハリドワールドに近づくにつれ賑やかなお祭り騒ぎ。

青森のねぶた祭りのようにトラックには巨大な神様を乗せた山車に、

インド音楽の爆音、人々は練り歩きと、とても盛大でした。


ドライバーさんのお話しによると

シヴァ神のお祭りで2週間続き、仕事も2週間休んでも良いそうです。そのお祭りの時は、聖なるガンジス河の聖水を求めて

何千キロも歩いて水を汲みにくる風習があることなどを教えて貰いました。

信仰心の深いインドの国民性を垣間見る事ができました。

そしてやっとの事で辿り着いた憧れの

リシケシヨーガニケタンアシュラムに到着したのは夜9時頃。

エアコン付きの快適なお部屋を与えられ、気絶状態で就寝。


アシュラムの食事は美味しいインドカレー、北インドはナンではなくチャパティが主食、

丸ごと配られると嬉しいマンゴー、お馴染みのチャイ、

時折リタさんから差し入れとして配られる甘いお菓子、アシュラムの食事はいつも美味しかったです。




朝は5時30分より瞑想、呼吸法、アーサナ、夕方のヨーガスートラ、瞑想。リシケシでは、他の外国人もインド人も木村先生の指導を一緒に受けるので、

英語による講義。

同じ参加者の三人が近くに座ってる人へ通訳をしてくれました。本当に助かりました。


リシケシのアシュラムにマハラジが住んでいたので、

100歳で亡くなるまで使っていたお部屋は

そのままに残っているのも見学させて貰い、ありがたい気持ちになりました。

アシュラムからはガンジス河が見え、坂を降るとお店が並び、ガンジス河は目の前。足をつけたガンジス河はとてもひんやりと冷たかったです。






橋を渡り逆側にも沢山のお店があり、かつてビートルズが、通ったというカフェでお茶する事もできました。



あっという間のリシケシ滞在も終わり、ガナガンガへ移動。ガナガンガとリシケシの移動は6時間位。あら?もう着いたの?と、6時間の移動がもはや短く感じる自分がいました。

リシケシよりもデリー空港近くにはなりますが、土埃がすごい田舎町。夜のガンジス河で夜のお祈りがあるとの事で歩いた街は、屋台が沢山出ていて、

お祭りのような感じですが、お祭りではなくそれが彼らの日常生活。お祈りでは火のお皿をクルクル回させて貰ったりと、地元の熱気を感じました。





ガナガンガのヨーガニケタンアシュラムは木村先生が4年位前に作られたそうです。夕飯はリタさんと食事係の方たちで、

海苔巻きやお味噌などの和食を作ってもてなしてくれました。これまた優しさに感動。


翌日にはヴェーダ聖典を学ぶ6歳から16才まで寄宿舎で学ぶ、

青少年の学校へ本棚の寄付をしたので、学校訪問をさせて頂きました。ヴェーダ聖典は4つに分かれていて、

リグヴェーダ、ヤジュルヴェーダ、サーマヴェーダ、アタルヴァヴェーダに分かれているそうで、

彼らは将来的には祈祷師、僧侶、占い師などになるそうです。

青少年達のマントラ詠唱は心地良くてずっと聴いていたかったです。

デリーのヨーガニケタンも訪問しました。

最終日は初日と同じのデリーのホテル、

ホテル直結にデパートなので、時間迄お買い物もできました。

10泊12日のインド修行の旅。あっという間に駆け抜け抜けた感じです。






参加者皆素敵で優秀な方ばかりで、

特に韓国の方達は、マハラジが書き残してくれた「魂の科学」を

英語で読み、感銘を受けたという話を自己紹介の時に何人かから聞きました。

日本語に翻訳したのは木村先生。日本語で読んでも何だか理解できないでいるのに…

そもそもの脳みその理解力の違いもありそうですが、もう一度読み返したいと思います。

そして大きな気づきとしては、マハラジ、木村先生と立派なお師匠様がいるのは、心強く、安心できるという事。

韓国でもヨガが流行りましたが、伝統的なヨーガを教えてくれる師匠がいないから、

木村先生の講義を受けに来る訳です。

そう考えると、ありがたいなと再認識しました。

この旅路を空から見守って下さったマハラジ、連れて行ってくださった木村慧心先生、

お世話役に現地インド人の敏腕コーディネーターのアニールさんと、優しい奥様リタさんご夫妻は

木村先生とは35年間のお付き合いだそうです。

私達のお世話役に徹してくれた方々、

写真動画撮影、陽気なインド人の運転手の皆さん、通訳して下さった方、

今回同期の2人がインドに一緒に行こうと誘ってくれて、色んな場面で励まし助けてくれました。


沢山の人に支えられ旅をする事ができました。

感謝致します。

ありがとうございました。

札幌YTIC第6期卒 横山敏子






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